260701_03
「あとに残るもの」
『道具になる前に』 終章
机の上に、作ったものを置いた。
最初に考えていたものとは、少し違う形になっていた。途中で変わったところもある。うまくいかなかったところもある。思っていたよりも強くなったところも、弱くなったところもある。
はじめは、道具を作ることは、何かを完成させることだと思っていた。何に使うのかを決めること。使いやすくすること。きれいに整えること。誰かに説明できる形にすること。
もちろん、それらは大事なことだった。けれど、作っているあいだに、それだけでは見えないものが、少しだけ残っている気がした。
最初に触れようとしていたものは、とても小さかった。机の上に残っていた素材。ほどけにくい結び目。誰かの家の引き出し。使うかどうかわからないまま取っておかれたもの。何かを渡す前に、手元で少し整える時間。
それは、すぐに道具の形になるものではなかった。むしろ、急いで形にしようとすると、遠くへ行ってしまうものだった。
だから、何度も戻る必要があった。これは何に使うものなのか。どうすれば便利になるのか。どうすればきれいに見えるのか。そう考えるたびに、少し立ち止まって考えた。
自分は、何から始めたのか。何を残したかったのか。どの時間に触れようとしていたのか。
作ったものは、まだ完全ではない。使い方も、はっきり決まっているわけではない。誰かが手に取ったとき、自分が考えていた通りに受け取られるとも限らない。でも、それで終わりではないのだと思う。
道具は、作った人の中だけで完成するものではない。誰かが手に取り、動かし、迷い、使い方を見つけることで、少しずつ道具になっていく。
自分が作ったものの中には、まだ説明しきれない部分が残っている。それは、足りないところかもしれない。けれど、次に考えるための余白でもある。
ほかの人が作ったものを見た。
同じように、何かを形にしようとしていても、見ていたものはそれぞれ違っていた。音から始まるものがあった。重さから始まるものがあった。繰り返している動きから始まるものがあった。誰かとの記憶から始まるものがあった。なくなってしまったものから始まるものもあった。
形は違っていた。素材も違っていた。うまくできているところも、まだ迷っているところも、それぞれ違っていた。
けれど、どのものにも、その人がどこから始めようとしたのかが、少しずつ残っていた。それを見ることは、自分の作ったものを見ることにもつながっていた。
自分では気づいていなかったことを、誰かが言葉にしてくれることがある。自分が大事だと思っていたところとは違う場所を、誰かが見てくれることがある。思っていたよりも伝わっていないこともある。反対に、自分では小さなことだと思っていた部分が、誰かには強く見えていることもある。
そのたびに、作ったものは少しだけ変わって見えた。
作り終えたあとに、もう一度見えるものがある。話したあとに、気づくことがある。誰かに見てもらったあとに、初めてわかる距離がある。
完成したかどうかだけではなく、何が残っているのかを見たいと思った。最初に触れようとしていたものは、まだそこにあるのか。作ることで、近づいたところはどこか。作ることで、遠くなったところはどこか。誰かが手に取ったとき、何が起きたのか。自分でもまだ言葉にできないものは、どこに残っているのか。
それを考えることは、反省を書くこととは少し違う気がした。うまくできたことと、うまくできなかったことを整理するだけでは足りない。次に直すところを見つけるだけでもない。
作ったあとに、自分の中に何が残っているのかを見ること。作ったものの中に、まだ何が残っているのかを見ること。ほかの人の作ったものを通して、自分の始まりをもう一度見直すこと。
そこまで含めて、作ることだったのだと思う。
机の上のものを、もう一度手に取った。
最初よりも、少し重く感じた。素材の重さではない。そこにかけた時間や、迷った時間や、誰かの言葉が、少しだけ重なっているように感じた。
これは、完成した道具なのかもしれない。まだ道具になる途中のものなのかもしれない。あるいは、道具という言葉では言いきれないものなのかもしれない。
今は、まだそのどれでもいいと思った。
ただ、最初には見えていなかったものが、少しだけ見えるようになっている。自分が何を考えようとしていたのかが、前より少しだけ手に近くなっている。それが、作ったあとに残っている。
このあとも、きっと何かを作るたびに、同じように迷うのだと思う。何から始めればいいのか。何を残せばいいのか。どこまで形にすればいいのか。誰かに渡すためには、何を変えなければいけないのか。
そのたびに、最初に触れた小さなはじまりに戻ることができればいい。
道具になる前にあったもの。作りながら確かめていたもの。作ったあとにも、まだ残っているもの。
それをなくさないまま、次の形を考えてみたいと思った。